今日は2年目の命日です。
この2年間で、母の命のことを何度も思い返しましたが、
一つ自分の中で改めてはっきりしたことがありました。
私たち家族は、母の命が助かるようにと、癌が発覚してから教会の先生にお届けをしていました。しかし、私の中では何か違う気がしていて、しばらく悩んでいる時期がありました。
ある時、「あぁ、願していただくのは、母の心が助かることかもしれない」と思うようになりました。「心が助かる」というのは、死を恐れたり癌と戦う日々に文句を言ったりしてしまう心に打ち勝ち、今ある命に感謝させていただいて、有難い気持ちで生活をさせていただくということです。
自分で言っておきながらとても難しいことだと改めて思います。
ですが、母が亡くなってしばらくして、ちょうど去年の秋頃だったと思いますが、
ふと「命は助からなかったけれど、最後の時、少なくとも母の心は助かっていたんだろう」と思いました。
教会の先生も、「最後にお話しした時は心が澄んで透明のようだった。神様に近づいていたのかねぇ」とおっしゃっていました。
私が願わせていただいていた「心の助かり」は、おかげいただいたのではないかとこの2年で思うようになりました。
母の命を想う時、私は「人が助かる」ということには色々な形があるのかもしれないなと感じています。
時々とてつもなく寂しくなるときはありますが、母は御霊様として夢に出てきてくれることがあります。
その話はまた改めてさせていただこうと思います。
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